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★ アリスの世界 04 ・・・お茶会の終わり
「なぁに？ ねぇ、何の話だったの？ みんな楽しそうにして・・・？」
不思議そうに彼らを見ていたが、気を取り直して、
「まあ、いいわ。そんなこと。
それより、アリス！！ これがあたしの一番好きな紅茶よ。リーフ・シュガー・ティーよ！
さあ、味わって飲んでね？」
マイラが顔を紅潮させて捲くし立てた。もう、その目はアリスしか見ていない。
「さあ、飲んで。とろけるほどにおいしいわ」
アリスは清々しい香りのするその紅茶に口を付けた。
ほんの一口。
試すように舌で転がしてみる。
「どう？ おいしい・・・？」
マイラの声が合図だったと思わせるタイミングで、アリスは突如、舌の痺れと咽喉の痙攣、胸焼けに襲われた。
糖分とは思えない何かが、咽喉に絡み付いて離れない。
「ねえ、アリス。おいしい？ どうしたの？」
マイラの期待に弾んだ声がどこか遠くで聞こえる気がする。
アリスの引くつく咽喉は声を発せない。
それどころか、絡み付く『何か』は咽喉から胸に達してしまったようだ。苦しさが倍増する。
「・・・。・・・・・・！」
耐え難い苦しさのあまりか、アリスの体はアリスの意思を無視して何度も首を上下させた。
しだいにそれは、『何か』を吐き出そうとした咳き込みと混ざり合っていく。
「本当！？ うれしいっ！！ アリス、大好きよ！！」
マイラが感激のあまり抱きついてきた。
アリスの体は、苦痛を快楽にすり替えようと必死になっている。
「うふふ。アリスとは気が合うと思っていたの！！」
マイラの柔らかい体が押し付けられてくる。アリスは戸惑い、そして苦しみよりも徐々に快楽が強まっていくのを感じた。
その変化が手に取るように分かった。
アリスはマイラを強く抱きしめていた。
「あら、アリスったら！ うふふ、あはははっ！！」
マイラはくすぐったそうに笑いながら、アリスと一緒に草の上に転がっていった。
「ああ、大丈夫？ 二人とも」
「まったく・・・二匹の子猫みたいなんですから・・・」
草の上で笑いながら抱き合っている二人を心配して訊いてみたのだが、返ってくるのは楽しげな笑い声だけ。
ウィリアムが英字新聞から目を上げた。
二人の『少女』をちらりと見てからネリザに向かって一言、
「おかわり」
「はぁ〜・・・。はいはい、ただいま。
まったく、マイラが遊んでいるからって、私をそう扱き使わなくてもいいでしょうに・・・」
盛大な溜め息をついてネリザは席を立った。
手持ち無沙汰になったクロウは、ウィリアムの英字新聞を覗き、読めない事に気づいて、何ともなしにアリス達に視線を戻した。 二人はじゃれ合うように絡み合っていて、お互いを見ようによってはとても妖しく見つめていた。
乱れた髪が、草に沈む体が、二人を超越的な存在に仕立て上げていた。
クロウは思わず息を呑んだ。
「ああ。まるで、□□□みたいだね」
ウィリアムがこちらを見てもいないのに、見透かしたように呟く。
「・・・」
クロウは黙り込んだまま、ただアリス達を見ていた。
マイラが上から身を乗り出し、アリスに囁くように顔を近づけた。髪がカーテンのように降り掛かり、二人の顔を覆い隠した。
「・・・あ」
「本当に、□□□を見ているようだ。そう思わないかい？」
「・・・・・・」
クロウは先程から無言の姿勢を崩そうとはしない。
ウィリアムも相変わらず英字新聞から顔を上げずに言う。
クロウは反応しかけて口を開いたままの状態で固まった。
「・・・あ、ああ・・・」
またくすくすという笑い声が聞こえてきた。
それは篭っていて、どちらの声かも分からないほどに混ざっていた。何重にも響いて消える。儚い癖に、どこか粘着質。心をざわめかせるほどに気に障る・・・。
二人の『少女』は笑いが止まらないかのように震えながら立ち上がった。
手を繋ぎ、とても親密そうに、とても幸せそうに笑い合う。
そして、そのままクロウ達の居るテーブルへと戻ってきた。
「うふふ、クロウ。あなた、いつも遅刻ぎりぎりで来るけれど、今日は特別に許してあげるわ」
マイラがとても楽しそうに言った。
「え、何でさ？」
クロウは途端いつもの彼に戻って不可解そうに訊ね返した。
「だって、今日はアリスを連れてきてくれたんですもの！！」
マイラは上機嫌にアリスに擦り寄った。
「マイラ・・・」
アリスは、はにかんでそれを受け止めた。その時、ふと隣りのウィリアムに肩をぶつける。
「あ、ごめん、ウィリアム・・・」
ウィリアムは英字新聞から顔を上げず、肩をすくめて見せた。ウィルアムの淡白な態度と、彼がすぐさま目を戻したことから、アリスは彼が読んでいる英字新聞に興味をもった。
「ウィリアム。ねぇ、それ何？」
アリスの声に、ウィリアムはつと目を上げると、興味を示しているアリスに淡々と新聞を差し出した。
「どうぞ？ お嬢さん」
「ありがとう」
受け取るとクロウとマイラがこぞって覗き込む。
「ねぇ、何なの？ それは」
「僕にも見せてよ！」
三人で新聞を見てみたが、そこにはどう見ても、英字をデタラメに印刷しただけの粗野で乱暴な記事。
それは新聞とはとても言えないような代物だった。
見出しには大きく擦れた文字で『aりLス，あラＷAル！！？』と書いてあった。
「何これ、こんなの読めないよ」
「・・・あたしの見たことのない文字だわ」
「えっ、そうなの？」
その言葉にアリスは素っ頓狂な声を上げた。素直な驚きだった。
「ええ。こんな文字知らないわ。初めて見たかもしれないものよ」
「へぇ・・・」
「今はこんな文字が使われてるのかい？ 面白い文字だね」
「あ・・・ちょっと違うんだけどね」
「？ そうなんだ？」
「これ、いろんな文字が交ざってる気がする。ウィリアム、こんなのよく読めるね」
「まぁ・・・暇潰しに読んでいただけですから・・・。これくらい意味の解かりづらい方がいいんですよ」
「へえ。すごいね。それでこれには何て書いてあるの？」
アリスが興味を惹かれた様子で訊くと、ウィリアムは面倒臭そうに帽子を直しながら、
「別に、意味なんて・・・」
ぽつりと一言吐き出すように言った。
「えっ？」
「意味なんてない、ただの紙くずさ」
「本当？」
「嘘じゃないよ」
ウィリアムは酷く疲れているような様子で短く答える。
「じゃあ、何でこんなもの・・・」
「だから、暇潰しに。これは、クイズのようなもので、つまらない、ゴシップ紙と同じさ」
気だるそうにウィリアムが一言一言区切って喋る。
そこに新しい紅茶を作ってきたネリザが割り込んできた。
「はい、どうぞ。おかわり持ってきましたよ。どうも、お待たせしてしまいましたでしょうか？」
ネリザは言いながら緑がかった熱い液体をウィリアムの空のカップに丁寧に注ぎいれる。
「うん。遅かった。随分待ったよ。咽喉が渇いて仕方がなかった」
ウィリアムは注がれた液体をうっとりと眺め、微笑み呟いた。
「はいはい、すみませんでした。これでも急いで来たつもりなんですがねぇ」
コト、とティーポットを慎重にテーブルに置く。
ネリザは適当に相手をしていて、ふとアリス達が手にしている英字新聞に目と止めた。
こんなものを持っているのはウィリアムくらいしかいない・・・。
「もう、あれほど飲みながら読むのは止めてくださいと言ったのに・・・！！ これは、没収して置きますからねっ！！」
怒りに任せてアリスから英字新聞を破るように奪い取る。
「ああ、いいよ、もう。それ読んだから」
対するウィリアムは、こく、と咽喉を鳴らて、淹れたての紅茶を思う存分味わいながら、満足気に目を細めてこちらをちらりとも見ずに言った。
「くぅぅ・・・！ なんって憎たらしいんでしょおうっっ」
ネリザは英字新聞を握り潰して悔しがった。
「あの・・・」
ハンカチでもあれば噛んでいそうな雰囲気のネリザに、アリスは恐る恐る声を掛けた。
「あ、はい。何でしょう？」
「これ、何て書いてあったんですか？」
「ああ、これね・・・」
元に戻ったネリザは、少しうんざりしたように息をついた。
「これにはですね・・・ええと、『トランプ城開放！ 美しい花園、華麗な城内に遊びに来ませんか？ 世界中のアリスの皆さん大歓迎！！』とか、『ハートの女王様を喜ばせたら豪華賞品プレゼント！』とか、あとは・・・『薔薇作り職人募集！』とか『天才料理人に挑戦！』とか『罪人緊急募集！ 近日公開処刑実施予定！！』とか、トランプ城に関する事・・・だけしか載ってませんよ？」
「へぇ・・・」
アリスは目を輝かせながら何度も頷いた。
「でも、ハートの女王は気まぐれな方で、すぐに処刑令を出すんです。
だから、トランプ城には近づかない方がいいですよ。きっとすぐに処刑の対象にされちゃいますから・・・」
「ふぅ〜ん・・・」
「今までも何人ものアリスさんが行ったまま帰ってきませんでしたし・・・」
「そう、なんだ・・・」
「ええ、とても恐ろしい所ですよ。できれば近づきたくない場所です。
今となっては、皆あの城を避けて通りますし、少し前まで近くを通っただけで不敬罪だ何だと言いがかりをつけられて処刑された旅人は数知れません・・・」
ネリザは如何にも恐ろしそうに肩を抱き震えて見せた。
しかし、アリスはろくに聞いていなかった。完全に上の空だったのだ。
トランプ城が、かつてないほど魅力的だった。
「行きたいな・・・」
無意識のうちに呟いていた。
「アリスさんっ！？」
「え、あ、何？」
「何って・・・」
ネリザは絶句し、マイラが抱きついてきた。
「やめて、行かないで！ いや、いや、行っちゃヤダッ！！」
「マ、マイラ。どうしたの・・・？」
突然の行動にアリスの頭は追いつかない。
アリスの頭の中は未だトランプ城のことで一杯だった。
「アリスさん、本気なんですか・・・！？」
ネリザはまだ、半信半疑に問い掛けた。だって、自分があれほど敬遠したい恐ろしい場所だと教えたばかりで行きたいなんて言い出したのだから。
ネリザには信じられなかったのだ。
「だから、何が！？」
「いや！ やめて！ そんな話はっ！！」
「マイラ！？」
マイラが声を張り上げながら言った。
「絶対に行かせないんだからぁっ！！」
きつくしがみ付いてくる。それは抱きしめるというよりも縛り付けるというようなもので・・・。
「マイラ？ ねぇ、痛いよ、マイラ？」
「本当に、行く気なのかい・・・？」
クロウが複雑で暗い表情で呟く。
「・・・みんな、何言ってるの？ そんなに心配するような事じゃないよ」
アリスはこれがゲームであることを無意識に頭の中に置いていた。これがイベントなのかもしれない。
しかし、思い通りに進まないイベントに少々腹を立てていると同時に不安にもなっていた。
「行ったらきっと殺されちゃうんだわっ！！ そんなのは、絶対に嫌あぁっ！！」
どうして皆こんなにも邪魔をするのだろう。
どうせ童話の中のアリスだって、トランプ城へは行く事になるのに。
『不思議の国のアリス』で一番の見所と言ったら、まさにトランプ城ではないか。
半狂乱になったマイラが少し異常に見えた。
「大丈夫だから。ね？ マイラ、落ち着いて・・・」
「嫌よ、嫌っ！！ 行かないでよ、アリス！ お願いよっ！！」
「マイラ・・・」
その時、頭の中で微かに認識できる程度の≪声≫が聞こえた。
≪トランプ城行き不可！ 不可！≫ と、その≪声≫は警告を発した。胸元に揺れる存在感の全くないペンダントが赤く点滅を繰り返す。
でも、それらがほんの些細な事のように思えて、アリスは気にすることすらしなかった。
「すぐ戻ってくるよ、ね？ だから安心して・・・ね？ マイラ？」
聞き分けのない子供に接するようにアリスは優しくマイラの髪を撫でた。
「嘘よ、そんなの。戻ってこれっこないわ！！ だからアリス、あたしと一緒にいてよぉっ！！」
マイラは激しく首を振りつづけくぐもった声で答えた。
「マイラ・・・」
「絶対に離さないんだからぁぁ・・・っ！！」
アリスの心底困った声を尻目に、マイラは泣き伏せてしまった。
そこにネリザの真剣な声が耳を打った。
「そうですよ、マイラの言う通りですよ。あそこは一度入ったら二度と戻って来れない場所なんですよ？」
「でも、ネリザ・・・」
「それでもあなたは行くとおっしゃるのですか？」
「行ったら絶対、後悔するよ。止めときなよ、アリス・・・」
「そんな！ クロウまでっ！？」
ネリザに言い分を聞いてもらう前に、クロウが口を挟んだ。
まさかクロウに反対されるとは思ってもみなかったアリスは、驚いて彼の顔を見た。
クロウは、止められないのがわかっていて言っているような、辛そうな顔をしていた。アリスと目が合うと、その顔を隠すように背けた。
しかし、そこによく通る声が、
「別に、いいと思うのだけど？」
短く響いた。
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